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1-7: 電子の発見

  「真空放電,陰極線」
 ガラス管の中に 1対の電極を入れ, その間に数 kV の高電圧を かけます.管内の気体が 低圧 (0.1 気圧以下) になると 放電が起こります. これを真空放電 といいます. このとき管内には 縞模様が見られます. 下図 にその例 があげられています.



 圧力が 0.000001 気圧 くらい になると, 縞模様が 消えて, 管内が暗くなりますが, 放電が止まったわけではなく, 電流は依然として 流れています. つまり電極間に 何かが 流れているのです. これが陰極線 と呼ばれるものです. この陰極線をつくる 装置を, その発明者 クルックス (イギリス: 1832 - 1919) にちなんで, クルックス管 と呼びます.
 陰極線の性質を 調べるため, 下のスケッチ および写真 のように, クルックス管 の中に十字の板を置き, 管の反対側に蛍光物質 のスクリーンを張っておくと, その上に影ができます. このことから, 陰極線は 陰極から陽極へ向かって 発射され, 直進する性質がある ことがわかります.


  「陰極線の正体」
 陰極線の正体が 何であるか, J.J. トムソン (イギリス: 1856 〜1940) によって研究されました(1897).

 イギリスには 歴史上, 「トムソン」 という名の 3人の有名な 物理学者がいますので, 混同しないように して下さい.

(1) W. トムソン (William Thomson:1824 〜1907) はケルビン卿 (Lord Kelvin) とも呼ばれ, 「絶対温度」の 単位 K (ケルビン) は ケルビン卿にちなんで つけられました.
(2) J.J. トムソン (Joseph John Thomson: 1856 〜1940) がこのページのトムソン です. J.J. トムソンは, このページで説明する 電子の発見の他にも, 後でお目にかかる 原子模型の提唱など, たくさんの業績を あげました.
(3) G.P. トムソン (George Paget Thomson: 1892 〜1975) はJ.J. トムソンの息子. アメリカの物理学者 デビスンとジャーマー による電子の波動性の実証 とは独立に,G.P. トムソンも 金属結晶による 電子の回折を確かめ, 電子の波動性を実証しました.
   J.J. トムソン が 用いた実験装置 の概要は下図 の通りです. 基本的には クルックス管 と同じ原理です.

 トムソンは, 陰極から 発射される陰極線は マイナスの荷電を帯びた 同一粒子の集まり (粒子の束) ではないか, と推定しました. 陰極から出たこの「粒子」は 陽極に引っ張られて 加速し, 陽極の中央に 開けられた孔を 通って直進し, 1対の電極板 (P1とP2) の間を通ります.
 これらの電極板に 電圧がかかっていなければ, 「粒子」はそのまま 直進し, 蛍光物質 を塗布したスクリーン S にあたって中心点に 小さなスポットを作ります.
 上側の電極板 P1 がマイナス, 下側の電極板 P2 がプラスになるように 電圧をかけると, 「粒子」は下に曲げられて, スポットは下方へ動きました. しかし, スポットは大きく 広がったり, ボケたりはしません. 陰極線がマイナスの 電荷を持ち, 同一粒子から なるという トムソンの推定が 正しいようです.

    「陰極線の比電荷」
 上に述べた J.J. トムソンの 陰極線の実験装置で, 陰極線の中の「粒子」 比電荷 e/m を測定することが できます. (e「粒子」の電荷, m は質量です.) 説明に少し数式が 出てきますので, 別のページ
1-7-A: 「陰極線の比電荷 e/m の測定」
で説明しましょう.
 上のページ (1-7-A) で 説明したように, トムソン は, 陰極線中の「粒子」 比電荷 を測定し,
e/m = 1.3 x 1011 C/kg
という値を得ました. もう少し正確な実験値は
e/m = 1.76 x 1011 C/kg
です. さまざまな条件のもとで, いつもほぼ一定の 比電荷が得られることから, 陰極線は同一粒子の 集まりであると 考えられます.

  「陰極線の本性, 電子の発見」
 上に得られた陰極線中の 「粒子」の比電荷の測定値を, 水素イオンの比電荷と 比べてみましょう.
 1-6 のページの ファラデーの電気分解の法則 で説明したように, 1 グラム当量の元素を 電気分解で生成する ためには, 9.65 x 104 C の 電気量が必要です. ということは, 例えば水素を考えると, 水素の原子価は 1 で 原子量は約 1 ですから, 水素イオンの 1g は 9.65 x 104 C の 電荷を持っている ことになり, 水素イオンの比電荷は 約 9.65 x 107 C/kg ということになります. したがって,
(陰極線の比電荷(e/m)) ÷ (水素イオンの比電荷) = (1.76 x 1011) ÷ (9.65 x 107)
≒ 1800
となります. この結果は, 陰極線の「粒子」の質量が 極めて軽く 水素原子に比べて 約 1/1800 であるか, あるいは 陰極線の「粒子」が 水素イオンより 1800 倍も多くの 荷電を運ぶことが できることを 意味します. J.J. トムソンは, 後者はありそうにもないので, 前者の考えを取り, 陰極線の「粒子」は 最も軽い元素である 水素より, さらに 約 1/1800 軽い 微小な粒子であると 考え, これを 電子 (electron) と名付けました.

  「電子の質量」
 J.J. トムソンの 研究より少し後になりますが, ミリカンの実験 で, 電気素量の大きさが 明らかになりましたので, 陰極線の「粒子」, すなわち 電子, の電荷が 電気素量 (素電荷) e等しいとするのが もっともらしいでしょう.
 その結果, 電子の質量も 明らかになりました.
 現在では, これらの データは極めて正確に 測定されて,
電子の比電荷 = e / m = 1.75881962(53) x 1011 C/kg
電子の質量 = m = 9.1093897(54) x 10-31 kg
であることが わかっています.

  「電子は原子の共通の構成要素」
 さまざまの実験の結果, 陰極線の性質は 放電管の中のガスの 種類によらないことが わかりました. また, 金属を 2000℃ 近くまで熱すると, おびただしい数の 電子が放出される ことがわかりました. これは熱電子 と呼ばれています.
リチャードソン (イギリス: 1879 - 1959) は この熱電子の詳しい 研究をして, 原子の中の 電子が高熱によって 激しく運動して 原子から飛び出してくるのだと 考え, 電子が 全ての原子に共通の 構成要素の1つ であることを 確かめました.

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