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2-4: 不確定性関係

   波動関数 Ψ(x , t ) は 一般にある空間的な 広がりをもった関数です. 時刻 t において 粒子の位置 x測定すると, 測定値に確率密度 |Ψ(x , t )|2 の広がりの程度の ばらつき が生じます. つまり,同じ条件の下で 粒子の位置を 何度も測定すると, そのたびごとに 測定値にばらつきが 現れるでしょう. このばらつきを 小さくして, 粒子の位置が1点の近くに できるだけ確定するような 状態を作るためには, 波動関数を 空間的に局在化 すればよいと 考えられます. そのような局在化した 波動関数を 波束 と呼びます. 以下で波束を作って, その性質を調べましょう.

  「波束」
 時刻 t = 0 における波動関数を Ψ(x ) とします. x = 0 の付近に 局在する波束を作るため, Ψ(x ) を, 数学でよく知られている フーリエ変換

と表しましょう. つまり (1) 式は, 「任意の波動関数は 波数 (波長) の異なる 平面波の重ね合わせ で作られる」, ということを 示しています.
 いま,波数分布 C (k ) として,下の 図 (A) のような 箱型の関数を 取りましょう. この場合の フーリエ変換 (1) は 簡単に計算できて, そのときの 確率密度 |Ψ(x )|2 図 (B) のように なります.

 上の 図 (A)(B)注目されるのは, 波数分布の幅 k大きくすると 確率密度の分布 の幅が狭くなる ことです. つまり, 波動関数を ある1点の周りに 局在化させようとすると 波数分布の幅を 大きくしなければ ならないということです.

  「ガウス型の波束」
 波束の代表的な例 として,ガウス関数型の 波束を見てみましょう.
 (1) 式のフーリエ変換で, 波数分布 C (k ) としてガウス型の関数 を取ると,結果の 波動関数もまた ガウス型の関数になります. 式で表すと,公式

に対応します. これを図示したものが 下の 図 (C)(D) です.

図 (C)波数分布から 得られる波動関数が 図 (D) です. ここでも 図 (A)図 (B) の場合と同様に 波数の分布の幅 1/a が大きくなると 波動関数の 広がりの幅 a狭くなります.

  「不確定性関係」
 波束に関する 上の2つの例から 分かるように, 一般に波動関数の 広がりの幅を 狭くすると,その中に 含まれる波数の広がりは 広くなります.
 波数 k運動量 p との間には, アインシュタイン- ド・ブローイの関係 によって,

の関係があります. したがって, 粒子の位置 x運動量 p とを 同時に測定すると, x の測定値の ばらつき x小さいような状態では, 運動量 p のばらつき p大きくなります.
 上の 「ガウス型の波束」 の例を見ましょう. 波動関数の広がり ax より 小さくなるようにすると, 運動量のばらつき p

ですから,

となります. このページの最初にあげた 図 (A)(B)例の場合でも 同様です.
 ある状態 Ψ(x , t ) において, ある時刻 t に, 粒子の位置 x運動量 p同時に測定すると, それらの測定値のばらつき xp の間には, 必ず

の関係があることが 厳密に証明できます. (ここでは証明は省略.) これを 不確定性関係 といいます.
 つまり,粒子の位置と 運動量とを 同時に測定すると, どんなに正確な 測定を行っても, (3) 式の 不確定性関係 の制限以上に 精度を上げることは できない, ということを 量子力学主張しています.

  「量子力学は不完全な理論ですか?」
 物質粒子は 粒子性波動性二重性を持っています. 波動関数はその波動性を 表すものであり, その波動性と粒子性を つなぐ アインシュタイン− ド・ブローイの関係 から,上に述べたように, 不確定性関係導かれました. したがって, 不確定性関係は 二重性という 物質の本質から 出てくる結果です. これは,粒子の位置と 運動量とを 同時に測定すると, どんなに正確な 測定を行っても, 不確定性関係 の制限以上に 精度を上げることは できない, ということです. 古典論的な見方からすれば, これは大変困ったことのように 思われます. 量子力学粒子の運動量と位置とを 完全には予測することが できない不完全な, あるいは不十分な 理論なのでしょうか?
 そうではありません. 私達は物の見方を 変えなければ ならないのです. 古典論では 物質粒子は「点」とみなされ, 粒子が運動すれば 「線」で描かれる軌道 が得られました. しかし,ミクロの世界では, そのような古典論的 「常識」は捨てなければなりません. 私達は,「点」と「線」で描ける 古典的物質観 から脱却し, 粒子性と波動性の二重性 に立脚した 量子力学的物質観 に移行しなければ ならないのです.
 わかりました. 納得しましょう. しかし,最後に 疑問が残ります. 私達の観測精度が 不確定性関係を 上まわることは ないのでしょうか? 位置と運動量とを 同時に測定するとき, 不確定性関係の制約を 上まわる精度の高い 結果を得る方法が この世の中に 存在するならば, 量子力学は その測定結果を 完全には記述できない 不完全な理論 ということに なってしまいます.
 まさにこの点が ハイゼンベルクの 不確定性原理 で 主張された問題点でした. ボーアとハイゼンベルクは さまざまな「思考実験」を 繰り返し, 不確定性関係を 上まわる精度の 実験は存在しないという 結論に達しました. つまり,量子力学は 少なくとも 私達が得ることのできる 全ての測定結果を 記述できる理論であり, その意味で 「量子力学は 完全である」と主張したのです.

  「アインシュタインによる批判」
   たしかに量子力学は, 私達が得ることができる 測定データの全てを 完全に記述できる という意味では, 完全な理論 であることは 確かです. しかし,量子力学は ものの運動を 確率的にしか 予測できません.
 これでよいのでしょうか. アインシュタインは, 確率的にしか 予測できない理論 を完全な理論と 認めることが できませんでした. アインシュタインは, 波動関数の 確率解釈を提唱したボルン にあてて, 次のように書いています:
「君は サイコロ遊びをする神を 信じている. だが,僕は 客観的に存在している世界の 完全な規則性を信じます.」
 このことに関連して, ボーアと アインシュタインは, 繰り返し 論争を行いました. 「ボーアと アインシュタインの論争」 として有名です. ボーア達の 量子力学の 正統的解釈に対する アインシュタインの 鋭い批判が, 量子力学の考え方を 深めることに はかり知れない 貢献をなしたことは 疑う余地が ありません.

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