九州大学 大学院理学研究院 物理学部門実験核物理研究室

重元素核物理

教員

坂口 聡志、庭瀬 暁隆

新元素の探索(周期表の拡大)

「この世界の構成要素は何か?」という問いへの挑戦は、遥か紀元前の中国の五行思想、ギリシャの四大元素論に遡ります。当時、世界は火・空気・水・土といった「アルケー」と呼ばれる要素で構成されていると考えられていました。それから2000年以上に渡る長い自然科学の営みの中で、人類は物質が分子や原子、より細かく見れば原子核、核子、さらにはクォークからなる、ということを見出してきました。それでは、これらの小さな粒子が組み合わさって豊かな自然を作るのはなぜでしょうか。例えば核子は陽子と中性子の2種類しかありませんが、なぜ世界には赤や緑の葉、甘い食べ物や塩辛い食べ物、異なる性格の人々がいるのでしょうか。この豊かな世界はどのように発現するのでしょうか。

陽子と中性子が組み合わさると、それらの数に応じて様々な種類の原子核が生まれます。例えば陽子が6個、中性子が6個あれば炭素12の原子核ができます。陽子が6個、中性子が8個あれば炭素14という原子核ができますが、これは5700年経つと数が半減する、不安定な放射性同位体です。これらは原子核としては大きく異なる性質を持っていますが、その化学的性質はほぼ同じです。というのも、原子の化学的性質は電子の数(=陽子の数)で決まるからです。炭素12も炭素14も、同じ陽子数6を持っています。

このように同じ化学的性質を有する要素は「元素」と呼ばれ、それらは性質に応じて元素周期表として分類されています。新たな元素が見つかる度に元素周期表には新たな名前が書き加えられます。元素周期表は世界中の理科の教科書に載っていますが、これは長い人類の歴史とともに編纂され、今後も成長しながら残り続ける「知のレガシー(遺産)」と言えます。

この元素周期表は一体どこまで続いていくのでしょうか。無限に大きな元素というものは存在するのでしょうか。答えはNo.です。自然界に安定的に存在する元素は92番元素のウランまでですが、理論的には173番付近までの元素が存在できる可能性があるとされています。 「元素の存在限界はどこにあるのか?何がその限界を決めているのか?」 「極めて重い人工元素は、天然の元素にはない特異な性質を有するか?」 「人工元素の中に、安定的に存在する長寿命の元素は存在するか?それは人類の役に立つ可能性があるのか?」 これらの問いに答えるため、新元素の探索・合成研究が、世界中で進められています。

安定的に存在する元素は、化学的手法によりその他の元素から単体として分離することで発見されてきましたが、自然界に存在しない重い元素は、物理学的手法を用いて人工的に合成する必要があります。というのも、新たな元素を作るということは、元素の中心にある原子核を新たに作り出す必要があるためです。

新元素、特に原子番号が104番以降の超重元素の合成は、2つの重い原子核を融合させることで行われてきました(重イオン核融合反応)。特に、1990年代から2010年代半ばまでにわたる、ロシア・米国グループ、ドイツグループ、さらに日本グループによる研究により、原子番号118番までの元素周期表第7周期の元素が全て合成、命名されました。これらのうちの113番元素は、当グループの森田教授(九州大学・理化学研究所)ら日本グループが理化学研究所において発見した元素であり、2016年に「ニホニウム」と命名されています(113番元素特設ページ https://www.nishina.riken.jp/113/)。

元素周期表の第7周期が完結したことは、物理・化学の歴史における一つの金字塔です。現在、当グループでは、人類未踏の第8周期に存在するとされる119番, 120番元素を発見するため、理化学研究所や米国オークリッジ国立研究所など国内外10以上の研究機関との国際共同研究により、新元素合成実験を開始したところです。当グループでは、融合反応メカニズムの研究や、新元素の存在を捉えるための検出器の開発、新元素合成のための国際共同実験への参加(大学院生が最前線で活躍しています)、新元素識別・同定のためのデータ解析などを通じて、貢献しています。どんな研究にも当てはまりますが、特に新元素の合成には長く地道な基礎研究と根気強い準備が必要です。そのような「愚直、誠実(by 森田先生)」な研究とそれを楽しむ心が、特大の実を結ぶこととなります。

これまでの背景知識や出身学部・大学は問いません。未知の新元素の発見やその性質の解明に情熱を燃やしたい方、ぜひ一緒に研究しましょう。

ニホニウムの合成とその崩壊過程の観測(3つの事象)
発見国別の元素周期表 (出展: https://www.nishina.riken.jp/113/history.html
気体充填型反跳分離器 GARIS-II

新同位体の探索(核図表の拡大)

第7,8周期元素の発見の学術的意義としては、先述の通り、まずは元素・原子核の存在限界の探索が挙げられます。さらに超重元素には、軽い同族元素と異なる新奇な化学的性質を呈する可能性があります。重元素の原子核は極めて多くの電荷を有するため、周囲に強いクーロン場が形成されます。この強いクーロン場の中を運動する電子の速度は光速に近付き、電子軌道の半径が相対論的効果を受けて収縮したり膨張したりします。例えば、金と銀は同族元素ですが、その色が異なるのはこの相対論的効果のためです。また、水銀が常温で液体であることも同じ理由です。これまで発見されている元素の中で最も重いものは118番元素オガネソンで、希ガスである第18族に属しますが、常温で固体であり半導体としての性質を有する、という理論予想もあります。このように、重元素においては、元素周期表に綻びが現れると考えられており、その片鱗が明らかになりつつあります。超重元素の有する未知の化学的性質が明らかになれば、医療・産業への新たな応用の可能性も期待されます。

このような化学的性質の解明やその応用のためには、原子がある程度の時間、安定的に存在する必要があります。一方、現在までに発見されている超重元素の寿命は極めて短く、その性質解明も容易ではありません。ある程度、長い寿命を持って安定的に存在する超重元素はありうるのでしょうか。その答えとなりうるものが、1965年にグレン・シーボーグ(1951年ノーベル化学賞受賞)によって提唱された「安定の島」です。原子核には、陽子や中性子がある特定の数(魔法数)の時に特に安定となる性質があります(殻構造、殻模型)。例えば、酸素・カルシウム・錫・鉛が天然に多く存在するのはこのためです。特に、陽子数、中性子数の両方とも魔法数である二重魔法核は強い安定性を示します。1つの例が、陽子数82、中性子数126の鉛208です。安定の島は、鉛208の先にある二重魔法核近傍の領域で、陽子数114〜120付近、中性子数184に当たります。

それでは、我々は1965年に提唱された安定の島にどこまで迫っているのでしょうか。これまでに発見されている超重元素は陽子数が118にまで及んでいますが、実際にこれらの第7周期元素の研究において、安定の島が確かに存在することを示す予兆が捉えられています。しかしながら、すでに発見されている超重元素の中性子数は最大でも177で、まだ数個足りません。これは近いように見えますが、実は非常に大きなギャップです。より中性子の多い同位体をどのように合成していくか、新たなアイディアや、核反応メカニズムの解明が必要になっています。当グループでは、このような研究も推進していきます。

研究室のスタッフや国内外の研究者と議論し、新たな手法を考えて未知の領域を切り拓いていきたい野心溢れる方、ぜひ一緒に研究を楽しみましょう。

核図表(陽子数・中性子数の2軸)上に示された安定度(縦軸)。
安定の島(Island of Stability)は右端に示されている。
Wikimedia (https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Island_of_Stability.svg)

特別研究の内容と進路

四年生での特別研究の内容は、未知の新元素を合成するための融合反応についての学習、タンデム加速器での実験による融合反応メカニズムの研究、合成された新元素を識別するための粒子検出器の基礎開発などです。様々な検出器を駆使し、目に見えない原子核を一粒一粒検出し、それがどんな核で、どんな速度で、どこにいつ到来したか、自在に測れるようになっていただきます。また、巨大なタンデム加速器を自らの手で動かし、1秒で地球を周回する速さの粒子ビームを生成する技術も磨いていただきます。自分が作った装置や見つけた知識が新元素発見に繋がれば、大変な喜びになるでしょう。

学部卒業後の主な進路は、修士課程進学です(教職に就かれる方もいます)。修士課程においては、特別研究の内容をさらに発展させ、一人一つのテーマを持って、物理的現象の解明や先端的粒子検出器の開発に携わっていただきます。研究の例としては、「新元素の合成を成功させるためにどのようなエネルギーで2つの原子核をぶつけてあげれば良いのか?」「重い原子核が真っ二つに分裂したり、軽い核と重い核に分裂したりするのはなぜか?」「AI(機械学習)は物理データの解析に生かせないか?」「シリコン検出器に重い原子核のビームを入射したらどのような応答をするのか?」といった疑問に答えるため、理化学研究所や九大や日本原子力研究開発機構などの加速器を用いて様々な実験を行なっています。どの実験もグループの共同実験として行い、協調性を持ってお互いにサポートし合っていただきます。学生は各自の実験の責任者を務め、計画の立案、準備事項の洗い出し、担当者のアサインなどを進めるため、グループを指揮・運営する力や、粒子計測技術、プログラミング、電子回路などの幅広い専門知識が身につき、就職活動にも生かすことができます。ただし、特別研究配属時、大学院入学時に特別なスキルは必要ありませんので、一般的な物理の勉強をしておいてください。

修士課程の後は、一般企業に就職する道以外に、博士課程へ進学して研究を続けている先輩もいます。これまで当グループで博士課程に進学した学生は全員、経済的補助を受けながら若手研究員として理化学研究所に常駐し、世界の第一線で新元素合成と性質解明の研究に携わり、国際的に評価の高い論文を発表し、多くの賞を受賞した上で、三年間で博士号を取得しています。博士課程卒業後は国内外の研究機関に就職し(例:オーストラリア国立大学、高エネルギー加速器研究機構)、博士研究員として世界の超重元素研究を牽引しています。博士課程進学に興味のある方は、ぜひ教員まで相談してみてください。

九州大学加速器・ビーム応用科学センターにおける実験の様子
九州大学加速器・ビーム応用科学センターにおける実験の様子
重元素核グループの勉強会