第4部目次
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4-4: 電子の波動性

   第1部,第2部で学んだように, 物質を細かく分割して いくと,ついには 分子や原子になり, さらに原子は 電子や原子核から 構成されているというとが 明らかになりました. つまり 物質極微の 粒子 が集まって構成されている ことが明らかになったのです. 19世紀までの 古典物理学においては, これらの粒子は 古典論 (ニュートン力学と マクスウェルの電磁気学) に従って運動するものと 理解されてきましたが, ボーアの量子論 において,この古典論的な 考え方があやしく なってきました.
 一方,古典論においては, は電磁波すなわち 波動 であると 考えられていました. ところが20世紀に入り, 光量子 (光子)発見によって, 光はあるときは波動であり, あるときは粒子であるという 2重の性質 (2重性) を 持つことが明らかに なって来ました.
 このことを考えると, 電子や陽子のような 物質粒子は, 従来は粒子と考えて いたけれども, 場合によっては 波動 の性質 (波動性) を 持つかも知れないと 考えたのが ド・ブローイ (フランス: 1892 - 1987) でした(1923). これが ド・ブローイ波 或いは 物質波アイデアでした.

  「ド・ブローイ波」
 これまで 波動考えられていた 粒子 の性質を 持つならば, それまで 粒子考えられていた 電子波動 の性質を 持つかもしれない, というのが ド・ブローイの物質波 です.
 それならば, 光の振動数 ν や 波長 λ と, 光子のエネルギー E運動量 p とを 結びつける アインシュタインの関係

が,物質波に対しても 成り立つとのではないか, と ド・ブローイ は 考えました. したがって, (1) 式の関係は しばしば アインシュタイン- ド・ブローイの関係 と呼ばれます. この関係がもっともらしい ということは, 下のように, 水素原子に対する ボーアの量子論に 当てはめてみると よく分かります.
 前ページの ボーアの量子論 では, 水素原子における 電子の運動を 原子核 (陽子) の周りの 等速円運動と考え, そのときの 量子条件 前ページの (3) 式 でした.その式で, 運動量として 上の (1) 式の アインシュタインの関係 p = h /λ を 用いれば,

が得られます. これは電子の円軌道の 円周ド・ブローイ波の 波長整数倍なければならない ことを意味します. 言い換えれば, 原子の中の 電子の運動に伴う ド・ブローイ波は 連続 でなければ ならないことを 意味します. (下図参照.)
 つまり,ボーアの量子論 における 量子条件 (定常状態の条件) は, 連続なド・ブローイ波を 考えれば 自然に理解する ことができます.
  ボーアの量子条件 (定常状態の条件)
軌道の円周が ド・ブローイ波の 波長の整数倍でないと, 波がうまくつながらなくて, 連続になりません.

  「ラウエの斑点 - X 線の波動性」
 ラウエ (ドイツ: 1879 - 1960) は X 線を結晶にあてたとき, 規則的に並んだ原子で 回折したX 線が干渉じま (縞) を 生じるということを 発見しました(1914). これによって X 線が波長の 短い電磁波であることが 確かめられました. この干渉じまは ラウエの斑点 と呼ばれています.


 ラウエの斑点が 生じる理由は 次の通りです: 上図 のように 規則的に層を作っている 結晶に X 線を 入射させます. 光が鏡で反射するように, 層 A に角度 θ で 入射した X 線は 同じ角度 θ で最も強く 反射します. 層 B でも同様です. 層 A と層 B で反射 した2つの X 線は, 光路差ちょうど波長の 整数倍となる条件

を満たしているとき 干渉して強め合います. 上の条件を ブラッグ条件 と呼びます.
 いろいろな波長を 連続的に含んだ X 線 (白色 X 線) を結晶にあてると, 結晶内のいろいろな 原子の層が ブラッグ条件を 満たす波長の X 線を 選択的に反射するので, 結晶の後方に置いた 写真乾版に斑点を 生じます.これが ラウエの斑点です. 下図 にその例が 示されています.
  ラウエの斑点
シリコンの単結晶 による X 線の回折像です. 十字の形に並んだ 黒い小斑点が ラウエの斑点です. このとき,X 線の 波長,および原子間の 距離は,ともに ほぼ 1 Å = 0.1 nm の 程度です. (写真は 九州大学 大学院理学研究院 副島雄児 助教授 提供.)

  「電子の波動性の実証」
 例えば 100 V の電圧で 加速した時の電子にともなう ド・ブローイ波の波長は, アインシュタイン- ド・ブローイの関係から 約 1.2Å (1Å = 0.1 nm) であり, X 線の波長と ほぼ同程度です. したがって, このくらいのエネルギー の電子線を結晶に 当てると,ラウエの斑点 と同様な干渉縞が 観測されると 予想されます.
 実際,ニッケルの単結晶による 電子線の回折・干渉現象を 最初に発見したのは, デビスン (アメリカ: 1881 - 1958) と ジャーマー (アメリカ: 1896 - 1971) でした (1927). また,同じ年 G.P. トムソン (イギリス: 1892 - 1975) も 独立に 金属多結晶による 電子線の回折・干渉現象を 見つけ,翌年 菊池正士 (日本: 1902 - 74) も雲母の薄膜によって 同様な実験に 成功しました.
 下図電子線の回折・干渉現象の 写真の1例が示されています.
  結晶による電子線の回折像
大・小の黒い斑点が マンガン・ニッケル合金の 結晶による電子線の 回折像です. ただしこの場合の 波長は 0.01 Å 以下で, かなり高速の 電子線を使っています. (写真は 九州大学 大学院理学研究院 副島雄児 助教授 提供.)

   以上の結果から 明らかなように, 電子が 粒子性波動性両方の性質を 持っていることを 否定することは もはや できなくなりました.

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