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2-5: ラザフォードの原子模型

   前ページで学んだように, トムソンの レーズン・パン (ぶどうパン) 模型は, 原子による α 粒子の散乱実験における 大角度の散乱現象を 説明することが できないので, 成功とは言えません.
 もう一度 ガイガー・マースデンの 実験結果を 振り返って見ましょう.

「ガイガー・マースデンの α 粒子散乱の実験結果」
  (1) 入射したα 粒子の大多数は そのまま直進し, 散乱を起こさない.
  (2) ごくわずかであるが, たまに 90°を越え 180°に近くなるような 大角度の散乱が起きる.
  (3) 散乱の大きさ (散乱の起きる確率) はターゲットの 金属箔の原子量が 大きいほど 大きい.

「ラザフォードの有核原子模型」
 ラザフォード (イギリス: 1871 - 1937) は,上にまとめられている ガイガーとマースデンの 実験結果と, 前ページで述べた トムソン模型の不成功 とを考慮して, 原子内のプラス電荷 +Ze原子全体に広がっているのではなく, かなり狭い範囲に局所的に かたまっていて, そのかたまりとα 粒子の プラス電荷とが クーロン (フランス: 1736 - 1806) の斥力で反発しあって α 粒子の大角度の 散乱が起きるのでは ないかと考えました. そのかたまりを 原子核 といい, このラザフォードの 原子模型をしばしば 有核原子模型 と呼ぶことが あります. 下図有核原子模型 のイメージです.

  ラザフォードの有核原子模型
中心の黒いかたまりが 原子核 です. 電子 (赤い点) は 原子核の回りを 取り巻いて運動していると 考えられました.

   1903年, 長岡半太郎 (日本: 1865 - 1950) 土星型原子模型 を提唱しました. 原子は中心に核をもち, そのまわりに 電子が土星の輪の ように取り巻いている という考え方です. ラザフォード模型より 数年前という点が 注目されます.

  「ラザフォード散乱」
 ラザフォード は,有核原子模型によって α 粒子散乱の実験結果を うまく説明できるかどうか 研究し, ラザフォード散乱の公式 を導き, その結果が実験データに ぴったりと合うことを 見つけました(1911).
 ラザフォードは, 原子内の全ての プラス電荷 +Ze が中心の1点 (原子核) に集中していると考え, 入射したα 粒子が この点電荷から クーロンの反発力受けてはじき飛ばされて 散乱すると考えると どうなるか 検討しました (下図参照).

  b衝突パラメーター

   このようなクーロン力 による散乱を しばしば ラザフォード散乱 と呼びます. 数式が少し必要ですから, 別のページで 説明します. 少しめんどうですので, わかり難い方は とばしましょう.
2-5-A: 「ラザフォード散乱」
 上図 のように, 入射したα 粒子の進行方向が ターゲットの原子核から どのくらい 離れているかを 示す距離 b 衝突パラメーター といいます. b = 0 なら 正面衝突です. b が小さいならば α 粒子の 軌道大きく曲がるでしょう. b が大きく α 粒子が遠くを 通過するときには, 粒子が受ける力は 小さく,軌道はほとんど 曲がらずに ほぼ直進 するでしょう.
 つまり,α 粒子の 入射速度 v一定ならば, 軌道は衝突パラメーター の大きさできまって しまいます. このようすを表したのが 下図です. これは (2-5-A) のページニュートン力学を 使って計算した結果を 図示したものです.



  「ラザフォード散乱の角度分布」
 上図 でわかるように, 入射したα 粒子の進路が ターゲットの原子核に 近い(衝突パラメーター b が小さい) ときには軌道は大きく 屈折し,後ろの方へ散乱されます. しかし b が大きく, α 粒子が遠くを 通過するときには 軌道はあまり大きく 曲がりません.
 実際のα 線の散乱の 実験においては, 左方から入射する α 粒子の数は 場所によらず ほぼ一定です. つまり単位面積あたり, 単位時間あたりに 入射するα 粒子の個数 N は一定であると考えて さしつかえありません. N が入射α 線の 強度 です. これらたくさんの α 粒子のうち, ある角度の方向に どのような割合で 散乱されるか という, 散乱の割合を 角度分布 といいます. 厳密に言えば, ある角度 θ の方向の 単位立体角の中に 単位時間内に散乱される α 粒子の個数を 入射α 線の強度 N で割り算した割合を 散乱の断面積 といい, 角度 θ の関数 σ(θ) と表して 角度分布 と呼びます.
 ラザフォード散乱の 角度分布 (断面積) σ(θ) は, 1911年 ラザフォード により ニュートン力学に基づいて 求められました. それは 次式のように表されます. 詳しい説明は (2-5-A) のページ にありますが, 難しいと思う方は 結果を信用してください.

上式の角度分布が 実験結果と極めてよく 一致することが示され, ラザフォードの 有核原子模型の 正当性 が実証されました.

   ラザフォードは, 上に述べた 角度分布 (断面積) の公式を ニュートン力学 に基づいて導きました. ニュートン力学は 古典力学 とも呼ばれ, 原子や原子核のような ミクロの世界 では 必ずしも正しいとは 言えないことが 後でわかりました. ミクロの世界を 正しく記述する理論は 量子力学 であることが 10数年後に 明らかになりました.
 しかしながら, 幸いにして, ラザフォード散乱を 量子力学に基づいて 解析しても, ラザフォードが求めた ものと全く同じ 結果が得られる ことが 後で わかりました. 「ああー良かった!」


  「原子核の電荷の大きさ」
 上の式で示した ラザフォード散乱の 角度分布 σ(θ) は大成功でした. 角度依存性だけでは ありません. 副産物がありました.
 σ(θ) は 因子 Z 2 を含んでいるので, 角度依存性 だけでなく, 散乱の大きさ (散乱の確率) を精密に測定すると Z の値が わかります.
 Z原子の中の電子の個数 です. それまでは Z は原子量の 約半分という 少々あいまいな値しか わかっていませんでしたが, ラザフォード散乱によって Z の値が 精密にわかれば, 原子核の精密な電荷が わかり, ひいては原子の中の 電子の個数が 精密にわかるわけです.
 その結果, Z は原子番号に等しい ことが わかりました.

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