第4部目次
前ページ
次ページ
4-3: ボーアの原子構造論

   ラザフォード有核原子模型 は, 原子による α粒子の散乱を 見事に説明することが できましたが, 前々ページと前ページで 述べたように, 原子の安定性や, 原子のスペクトルに 対しては無力であり, 説明できない困難を もたらしました.
 ラザフォードの下で 有核原子模型について学んだ ボーア (デンマーク: 1885 - 1962) は, 重い 原子核 の周囲を 軽い 電子回転運動を しているという ラザフォードの 考え方に従いながら, このラザフォード模型に 古典論からは出てこない 新しい条件 (仮説)付加することによって, 原子の構造を 統一的に説明することのできる 理論を発表しました(1913). これが ボーアの量子論呼ばれる理論です. また,この理論は ラザフォード・ボーア の原子模型 と呼ばれる こともあります.
    「ボーアの量子論」
 原子核の 周囲の電子は, 古典論 (ニュートン力学と マクスウェルの電磁気学) に従う,とボーアは 考えました. それだけでは,前ページまでに 説明した 困難生じますので, これに次の 3項目の 仮説加えました.
  (1) 原子は 飛び飛びの値のエネルギー をもった状態でのみ 存在することができる. 従って,原子が光を 放出・吸収するのは, それらの状態のうち 2つの状態間をジャンプ (遷移) するときのみである. これらの状態を 原子の 定常状態 と呼ぶ.
  (2) 2つの 定常状態の間の遷移に よって放出 (または吸収) される光の振動数νは, 振動数条件

によって決まる. ここで hプランク定数, E'E''それら2つの定常状態の エネルギーの値である.
  (3) 定常状態において, 電子は 古典論法則に従う. そして,古典論で 許される可能な運動のうち, 量子条件

を満たす状態のみが 定常状態として 許される. ただし, p は電子の運動量, q は座標変数 であり,積分は 電子の軌道に沿って 1周期にわたるものとする.
   以上の3つの仮説を 基礎にした理論を ボーアの量子論 とか 前期量子論呼んでいます.

  「水素原子」
 ボーアの量子論の 3つの仮説を 水素原子に適用 してみましょう.
 電子 (質量 m) は, 原点に静止している 陽子の周りを, 陽子からクーロン引力 で引っぱられながら 運動します. その運動は ニュートンの運動方程式 によって決まります. そのときの軌道は 一般には 楕円軌道ですが, ここでは簡単のため 特別な場合として 円軌道としましょう. このときは 運動量の大きさ p一定です. (2) 式の 量子条件

と書かれます. 遠心力とクーロン力との 釣り合いから

が得られます. (3) 式と(4) 式を組み合わせると, 軌道半径は

となります. 電子のエネルギーは 運動エネルギーと ポテンシャル・エネルギーの 和ですから,

となります. これを En と表しましょう.
 水素原子として許される エネルギーは (6) 式で与えられる 飛び飛びの値 En (n = 1, 2, ・・・) です. n = 1 の状態が エネルギーが最低の状態です. これを 基底状態呼びます. そのときの軌道半径 a0特に ボーア半径 と呼ばれ,その値は

です.つまりこのボーア半径が 通常の水素原子の 半径であると考えられ, これより小さい 水素原子は存在しないわけです.
 エネルギーが En の状態から Ek の状態へジャンプ (遷移) する とき放射される光の 振動数ν (波長λ) は, (1) 式の 振動数条件 によって決まるはずです. これと (6) 式とを組み合わせて,

が得られます. これはまさに前ページで 実験的に求められた バルマーの公式リュードベリーの公式 に一致しています. したがって, リュードベリー定数

となり,実験的に 求められた値に 大変よく合致しています.
 このように ボーアの量子論水素原子の構造を 見事に再現してくれました.


  「水素原子のエネルギー準位 とスペクトル」
 ボーアの量子論に よれば,水素原子の エネルギーは上の (6)式で 与えられます.基底状態n = 1 で, n = 2, 3, ・・・ が 励起状態 です. これらを エネルギー準位 としてグラフに表したものが 下図 です.
  水素原子のエネルギー準位
n = 1 が 基底状態で, n = 2, 3, ・・・ が 励起状態です. エネルギーは 水素の原子核 (陽子) と 電子が完全に分離した 状態を 基準 0 とし, eV を単位として 表してあります.

   水素原子のスペクトルを 詳しく測定したものが 下図 に示されています. この中には,ライマン系列, バルマー系列 等の スペクトル線のグループが 見られますが, それらは 上図エネルギー準位で わかるように, さまざまな準位から 特定の準位へジャンプ (遷移) するとき放出される 光であると 考えられます.


  「定常状態の確証」
 ボーアの量子論では, 原子は飛び飛びの 値のエネルギー をもった 定常状態 でのみ存在できる,という 仮説が立てられました. これは古典論の立場からは 理解し難い仮説です. しかし上に述べたように, 水素のスペクトルは ボーアの量子論で 見事に再現することが できます. ということは, 定常状態の考え方は 正しいと思われます.
 そこで,定常状態 が本当に存在する ということを,実験的に, 直接的に確かめたくなります. これを実行したのが フランク (ドイツ, アメリカ: 1882 - 1964) ヘルツ (ドイツ: 1887 - 1975) が協力して行った フランク・ヘルツの実験 でした(1914).
  フランク・ヘルツの実験ヘルツ は,19世紀に 電磁波の研究で よく知られている ヘルツ (ドイツ: 1857 - 94) とは別人です.
   フランク・ヘルツの実験 の装置の概要は 下図(A) の通りです.

 容器内には低圧の 水銀蒸気が入っています. フィラメント F が熱せられ, 放出された電子は プラスの格子電極 G に 引っぱられて加速します. 電極 P と格子電極 G との 間には常に弱い電圧 (0.5Vくらい) をかけて おきます.これは 電子を追い返して 電極 P にわざと 近づき難くするためです.
 F から放出された電子は FG 間の電圧 V によって 加速され,格子電極 G の 格子の間を通り抜けて 電極 P に達し電流計 A に 電流が流れます. 電圧 V を高くすると 電流はどんどん増大しますが, V が 4.9V になったとき 電流が突如減少します. さらに電圧 V を上げると 電流は再び増加しますが, 9.8V になったとき また電流は減少し, この現象が繰り返されます. この実験結果の様子は 上図(B)示されています.
 これは次のように 考えられます:
 加速された電子は 容器内にガスとなっている 水銀の原子に 衝突します. 電子のエネルギーが 4.9 eV になるまでは 衝突しても何も 起こりませんが, 4.9 eV を越えると 電子のエネルギーが 水銀原子に吸収され, その結果,電子のエネルギーが 減少して 電極 P まで 到達できなくなってしまい, 電流が急激に減少するのです.
 水銀原子にエネルギーが 吸収されるのは, 水銀が励起するからです. 水銀原子は通常は 基底状態にありますが, ちょうど第 1 励起準位に 相当する エネルギーが与えられると 励起します. 第 1 励起準位のエネルギーは 基底準位から 4.9 eV 上にあるはずです. そのため FG 間の電圧が 4.9V を越えると 電子のエネルギーが 水銀原子に吸い取られて しまうのです.
 フランクとヘルツは, 水銀だけでなく ネオン,アルゴン,クリプトン 等でも同様な結果を 得ました. またこのようにして得られた 励起エネルギーと,原子の スペクトルから得られた エネルギー準位とが 正確に一致していることも 確かめました.
 以上の結果は,まさに ボーアの量子論定常状態の仮説の 実験的証明 になっています.
トップ
  第4部目次へ戻る 前ページへ戻る 次ページへ進む