「ミクロの世界」 − その1 − (原子の世界の謎)
エピローグ: 量子力学への幕開き
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  本セミナーを通して, ミクロの世界における 物質粒子的性質 (粒子性)波動的性質 (波動性)ともに示すことを 学んできました. また,電子の 粒子性と 波動性とを 同時に 考えることによって ボーアの量子論を 組み立てることができ, そのことによって 古典論 (ニュートン力学 と マクスウェルの電磁気学) ではどうしても 理解することが できなかった 原子の安定性や原子の構造が 説明できるようになりました.
以上のべたことから, 物質や光の粒子性と 波動性の2重の性格は, 極めて根本的な 「ものの存在のあり方」 の基本哲学であると, 考えなくてはならないようです. これは,古典論的な 考え方に慣れきっている 私達の思考法からすると, 大変考え難く,不思議な ことのように思えます.

  「ヤングの実験」
光が波動であることを 確かめた ヤングの実験 を, もう一度 振り返って見ましょう. 見やすくするために, 3-8 ページ示したヤングの実験の 内容を,ここに 再掲しておきます.

  ヤングの二重スリットの実験の概要
位相のそろった 単色の光源からの光は 2つのスリット S1S2 を通って 右の衝立上に 干渉じま (縞) を生じます.


  ヤングの実験での 干渉じま (縞) の写真が 下図示されています. 図(A)2つのスリットの1つを 閉じたときの写真であり, 図(B)2つのスリットを 開いたときの 干渉じま の 写真です.


 この干渉じま の写真について 以下で 少し詳しく 考えてみますが, その前に「写真」の 仕組みと光の粒子 (光子) に関して ちょっと勉強して おきましょう.

「写真の原理と光粒子」
 ヤングの実験の装置の図 において,衝立の上に 置いてある写真フィルムが 感光するのは, 光が粒子だからです. その理由は次の通りです:
 写真フィルムの原理は, 基本的には, ハロゲン化銀光が当たって 析出するという 光化学反応 です. 例えば,ハロゲン化銀の 1種である 臭化銀 (AgBr) が 光で分解され,
AgBr --> Ag + Br
となって銀と臭素に分解します. 薬品で処理すると, 感光した部分の 銀だけが残って 黒くなり, ネガ (明暗が逆の像) ができるという 仕組みです.
 実際の写真フィルムの中で, ハロゲン化銀から 銀が析出するプロセスは もう少し複雑です. ここでは,写真の原理にとって 「光の粒子性」 が不可欠であるということを 強調するために, 基本的な部分のみを 説明しました. 写真の原理の詳細 については, 適当な専門書を 参照して下さい.
 ハロゲン化銀の 光分解反応は, 大雑把に言って, 1分子あたり 約 2 eV 以上の エネルギーが必要と されます.つまり 臭化銀 (AgBr) や ヨウ化銀 (AgI) などの 1つの分子に 光からのエネルギーが 2 eV 以上蓄積しないと 感光しないわけです. この値は, 3-6: 光量子仮説と光電効果 のページで学んだ 光電効果場合の 仕事関数値と同程度です. したがって, 光電効果の場合と同様に, 古典論で考えると 写真フィルムの感光には かなり長い時間がかかって しまうことになります. 実際のフィルムは 1/100 秒 とか 1/1000 秒 の シャッター・スピード で 撮影できます. つまり,光が粒子 (光子) となって ハロゲン化銀を 一瞬に光分解する と考えないと 説明がつかないのです.

  「謎の二重性」
 ヤングの実験で 得られた干渉じま が写った写真フィルムは, 細かく見ると, 光子が当たった ハロゲン化銀の 分子が分解し, 銀の原子が 析出したものです. これらの銀の原子が 集まって 干渉じま が出来上がっているのです. つまり,私達は 光の粒子 (光子) が 残した「痕跡」を 見ているのです. これらは 光子の1個々々の 「痕跡」の集まりです. 「痕跡」の1つ1つは 「粒子」 の跡です. しかしそれらが集まると 「波動」 の特徴である 干渉じま となるのです. これは一体どういう 「からくり」 なのでしょう.
 光を単純な粒子と考えると, 1つの光子が 同時に2つのスリットを 通ることは不可能であり, 干渉じま ができる 筈はありません. 光が単純な粒子ならば, 2重スリットの場合は 1つだけのスリットの 場合の写真 (上図(A)) をスリットの間隔 d だけずらして重ね合わせた 写真となるはずですが, 実際は 上図(B) のように 干渉じま のある 写真となります. そうすると, 光は単純な粒子ではなく, 何らかの 波動性 を持っているはずです.
 古典論のように 光が純粋な波動である とするならば,既に 述べたように,写真は 写らないことに なります. 光が 粒子性波動性二重の性質兼ね備えていることを 否定することは できません. 一体 光のどこが 粒子で,どこが 波動なのでしょう.
 2重スリットの場合, 2つのスリットを 別々に通った2つの 光子が お互いに 干渉し合って,その結果 衝立の上に 干渉じま ができるのでは ないか,と思われるかも 知れませんが, この考えは駄目です. 毎時刻に 1個づつの光子しか 走らない位の極めて弱い 光の場合には, 2つのスリットを 同時刻に別々に光子が 通ることはないので, 別々の光子の間で 干渉が生じることは ないはずですが, このような弱い光でも, フィルムを長時間 露光しておくと, ちゃんと同じ 干渉じまが写ります. 露光時間が 3ヶ月間にもなるような 極めて弱い光でも, 全く同じ干渉じまが 現れるという実験が, 既に 1909 年に 実際に行われました. 従って,別々の光子の間で 干渉が起こって 干渉じまが できるのでは ありませんでは,どうして 干渉じま ができるのでしょう.

  「量子力学への幕開け」
 私達は,光の 粒子性波動性 との 深刻な矛盾に突き当たって しまいました. この矛盾は光だけでは ありません. 電子でも同じことです.
 この矛盾を完全に 解決するためには, 古典論を乗り越えた 全く新しい理論が 建設されなければ なりませんでした. それが ハイゼンベルク (ドイツ: 1901 - 76) や シュレーディンガー (オーストリア: 1887 - 1961) による 量子力学 でした (1926).
 量子力学によって, 光や電子の 粒子性と波動性の 謎も解くことができ, 原子の構造も 明らかになりました. 皆さんも,量子力学という 「次のステップ」
「ミクロの世界」−その2−(量子力学入門)
へ挑戦していただきたい と思います.
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