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1-7: 原子核のアルファ崩壊

   前ページで 量子力学における トンネル効果について 学びました. トンネル効果は 古典論では 考えられない 驚くべき現象です. この現象を 現実のミクロの世界で 見つけることができれば, 量子力学が 正しいことの 有力な証拠となり, 波動関数の 確率解釈正当性を確かめる ことができる筈です.
 ガモフ (ロシア,アメリカ:1904 - 68) は 元素の α 崩壊トンネル効果でうまく 説明できることを 見出しました (1928). これが量子力学の成功の 有力な証拠の1つと なりました. 以下で簡単に説明しましょう.

  「α 崩壊の半減期」
 α 粒子は ヘリウムの 原子核です. 元素がα 粒子を 放出して別の元素に 変わる 放射性崩壊 については,すでに 「ミクロの世界」−その1− の中の 第2部 第1ページ:放射能の発見 で学びました.
 放射性崩壊を 調べるとき, 半減期 という量がよく使われます. ある元素が 放射性崩壊をして, 最初の質量の半分が 別の元素に変わるまでの 時間を 半減期 といいます. 半減期は放射性元素の 種類によって 著しく異なります.
 1911年,ガイガー (ドイツ: 1882 - 1945) らは さまざまな α 放射性元素の 半減期を測定して, 放射されるα 粒子の エネルギーと 半減期との間に 密接な 関係があることを 発見しました. その関係とは

です.E放射される α 粒子の エネルギー, AC実測値に合わせた 定数です. 実験公式 (1) が α 崩壊の半減期の 測定結果を 良く表している ということは, 下図 を見れば 一目瞭然です.

  α 崩壊の半減期
黒丸 (
) は実測値. 実線 は (1) 式の公式の値 (定数 A , C 実測値に最も良く合うように 決められています.)
   上図 の実測値 において 注目しなければ ならないことは, 放射される α 粒子の エネルギーが わずかに 2.5倍くらい 変化しただけで, 半減期は 20桁以上も 変わるということです. 例えば,Th (232) (トリウム232) から 放射される α 粒子の エネルギーは約 4MeV で,半減期は 1.4×1010年という ものすごい永さです. 一方,Th (218) は, 放射する α 粒子の エネルギーが Th (232) の ほぼ 2.5倍の 約 10MeV で,半減期は 0.11 μ秒という 短時間です.
 この極端な違いは ちゃんと説明 できるのでしょうか.

  「ガモフによる α 崩壊の説明」
 ガモフα 崩壊の機構を 次のように考えました.
 元素の α 崩壊 とは, 原子の中心部にある 原子核の α 崩壊ほかなりません. 原子核の中の α 粒子は 下の 図 (A) のような ポテンシャルの 中に閉じ込められている と考えられます.
 図 (A)1次元空間で描かれていますが, 実際の原子核は 3次元空間のはずです. しかし,3次元空間では 話が少々ややこしいので, 1次元空間 (x 軸上のみ) で 考えることにします.

  α 粒子に働く力のポテンシャル
− (負) のエネルギーの 状態にある α 粒子は 原子核外に出られませんが, + (正) のエネルギーの 状態にある α 粒子は トンネル効果により 少しずつ 原子核外に放射されます.

   図 (A) において, |x | < a の領域は原子核の内部であり, α 粒子が強い引力で 閉じ込められている領域です. |x | > a の部分は,α 粒子の +2e の荷電と 残りの原子核の荷電 +(Z -2)e との間のクーロン斥力 ポテンシャルです. |x | が十分大きい領域, すなわち α 粒子が原子核から 離れた領域では, クーロン斥力だけが 働くわけです.
 図 (A)ポテンシャルは 極端に簡略化されています. 実際に α 粒子に 働く力のポテンシャルは もっと複雑でしょうが, いま問題にしている α 崩壊を定性的に 理解するためには, この程度で十分でしょう.
 例として, 図 (A) には 3つの準位 E 1E 2E 3 が描かれています. α 粒子が E 1 ( < 0 ) の状態にある場合には, ポテンシャル内から 外に出ることは できませんので, α 崩壊は起きません. E 2E 3 ( > 0 ) の場合には, α 粒子はトンネル効果によって ポテンシャル障壁を 透過して α 崩壊が起きるでしょう. 問題は, E 2E 3 のエネルギーの大きさの 違いと,透過率の違いが どうなるかです. 透過率が大きいなら 半減期は短くなり, 透過率と半減期とは 反比例の関係と なります.
 図 (A) のような ポテンシャル障壁の 形では,トンネル効果の 透過率を計算するのは 少し面倒ですので, 前ページの 図 (E) のような 箱型の障壁 で代用して考えましょう. このときの透過率は 前ページの (13) 式 ですが, これは大雑把に 関数

に比例します. この関数は aK の値に 強く依存します. a は障壁の幅, V0 - E障壁の頂上と いま注目している準位との エネルギーの差ですから, 図 (A)E 2 の状態と E 3 の状態 では透過率 (したがって半減期) は かなり大きく変化します. これが (1) 式の 実験公式における 半減期の エネルギー依存性を よく再現します.
 ガモフ図 (A) のような ポテンシャル障壁に 対して,正確な計算を 行って,(1) 式の実験公式の 中の定数 A , C求め,実験公式の値に 良く合う値を 得ることができました. この結果は 量子力学の 正しさ,波動関数の 確率解釈の正当性示していて, 量子力学の成功の 有力な証拠の1つと なりました.

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