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1-6: トンネル効果

   前ページで 波動関数の絶対値の2乗が 粒子の "存在確率"の 確率密度に等しいという波動関数の 正統的解釈について 学びました.
 次のページで, この考え方が 正しいという 1つの実験的証拠 を示すことにします. それは 原子核の α 崩壊です.
 α 崩壊は 量子力学における トンネル効果 と呼ばれる奇妙な 現象によって 説明できます. それは,古典論では 想像もつかないような 効果です. このページでは この奇妙な トンネル効果 について 学びましょう.

  「量子力学における状態」
 本題に進む前に, ここで 量子力学における 「状態」 という概念について 述べておきましょう.
 量子力学においては, 対象にしている 力学系がどのような エネルギーを もっているかとか, 粒子の "存在確率"が どのようになっているか, といった系の 「状態」という 考え方が中心になります. 系の「状態」に関する 全ての情報は 波動関数に入っています. したがって, 波動関数はしばしば 状態関数 とも呼ばれます.

  「定常状態」
 簡単のため 1次元空間で考えます.
1-3 のページの (4) 式 で示したように, 自由粒子の波動関数

と表されました. この 状態エネルギーが 一定のきまった値 E を持つ状態です. このことから, 一般に波動関数の 時間に関する部分が

という形の場合は, エネルギーが 一定のきまった値 E を持つ状態であると 考えられます.
 一般的に,波動関数を

とおいてみましょう. 上の考察から, この状態は エネルギーが きまった値 E の状態です. この波動関数を シュレーディンガー方程式

に代入すると, 波動関数の 空間部分 ψ(x ) を 決定する方程式

が得られます. この方程式は 時間に依存しない シュレーディンガー 方程式 と呼ばれ, あるいは単に シュレーディンガー 方程式 とも 呼ばれます.
 (2) 式の形の 波動関数で 表される状態は, 粒子の "存在確率"の 確率密度が

となり, 時間に依存しなくなるので, 定常状態呼ばれます. ボーアの量子論 でお目にかかった 水素原子の 基底状態や 励起状態のような 定常状態 は まさにこのような 状態です.

  「粒子が運動する範囲 −古典力学」
 簡単な例として 下の 図 (A) のような バネ (調和振動子) を考えましょう.
 質量 m粒子 (質点) がついている バネ (バネ自体の質量は無視します) の自然長の位置 (平衡の位置) を O とし, バネが伸び縮みする方向に x 軸を取ります. ある与えられたエネルギー のとき,質点 m下限 A と上限 B の 範囲で 上下に振動します.


 上の 図 (A)バネの運動の エネルギーの関係を 図示したものが 下の 図 (B) です.


 バネが平衡の位置 から x だけ 伸びたとき,質点に 働く力は -kx です ( k はバネ定数). このときバネの ポテンシャル・エネルギーは

です. バネの全エネルギー E質点の運動エネルギーと ポテンシャル・エネルギーの 和です.すなわち,

です. したがって,バネに エネルギー E与えられたとき, 運動が許されるのは

の範囲です. この範囲が 図 (B)AB間です.
 図 (B) において,
「黄色」 の 部分は ポテンシャルの壁 です. 質点の運動は このポテンシャルの壁の 内側 のみに 限定されます. エネルギー E質点はポテンシャルの壁で はね返されて, 矢印 の範囲内 (AB間) で 往復運動を行います.

  「エネルギー固有値,固有状態」
 上と同じバネの運動を 量子力学で 考えます.
 量子力学 における 運動の状態は, (4) 式の シュレーディンガー 方程式を 解くことによって 決まります. 今の場合,次の 微分方程式となります.

 波動関数の絶対値の 2乗 |ψ|2質点がどの位置にあるかの 確率密度ですから, |ψ|2x のすべての範囲で 有限 の値で なければなりません. この条件を満たすためには, エネルギー E特定の値でなければ なりません. 古典力学と違って,E の値は何でもよいと いうわけには行きません. つまり,許されるエネルギーは 飛び飛び の値になります. そのような 飛び飛びの値を エネルギー固有値 といい, そのような状態を 固有状態いいます.
 ここで注目すべきは, 飛び飛びのエネルギー を持つ固有状態が 出てくる原因です. それは粒子が 波動関数を 伴うからです. 粒子が 粒子性波動性二重の性質を持つからこそ 飛び飛びのエネルギー を持つ固有状態が 現れるのです. これは古典論からは けっして得られない 驚くべき結果です. 電子の二重性に よって,はじめて ボーアの量子論における 「定常状態」の仮説が 導かれるのです.
 バネ (調和振動子) エネルギー固有値

となります. 許される n0 又は 正の整数のみです. この結果をエネルギー準位 の形で図示したものが 下の 図 (C) です. (0)n = 0 (基底状態), (1), (2), (3), ... n = 1, 2, 3, ... (励起状態) です. この場合,エネルギー準位 (エネルギーの値を示す 水平の線) は 等間隔 となります. したがって, 調和振動子の エネルギー固有値は, 基底状態 (0) から測って を単位として, その整数倍と なっています. これが調和振動子の 著しい特徴です. また,それぞれの エネルギー準位に対応する 波動関数 ψ(x ) が 実曲線で表されています.

  調和振動子の固有状態
(7) 式のシュレーディンガー 方程式を解いて 得られた エネルギー固有値 (水平の線), および対応する 波動関数 (太い実曲線).
「黄色」 の 部分は ポテンシャルの壁 です.
   上の結果は (7) 式のシュレーディンガー 方程式を解いて 得られたものです. (7) 式は解析的に 解くことができますが, 少し面倒なのでここでは 割愛します. 詳しくは別の 量子力学に関する 参考書を参照して下さい. (例えば,高田健次郎著, 「量子力学 I」 朝倉書店).

  「粒子が運動する範囲 −量子力学」
 古典力学の場合, 図 (B) で示したように, 質点の運動は ポテンシャルの壁の 内側に限定されます. つまり質点は 壁の中にしみ込む (浸透する) ことはできません. 図 (C) において, 古典力学で質点が運動できる 範囲は AB の間だけです.
 ところが, 量子力学 では少し 事情が違います. 図 (C) において, 各々のエネルギー固有値 に対応する波動関数は, 古典論における 運動の範囲を越えて, ポテンシャルの壁の 中に入り込んでいます. これは「ポテンシャルの壁 の中にまで 質点が見出される 確率がある」 ことを意味します. 古典論では想像だに できない驚くべきことです.

  「トンネル効果」
 上に述べたように, ポテンシャルの壁 の中にまで 質点がしみ込む (浸透する) ことができるならば, 質点が ポテンシャルの壁を 通り抜ける (透過する) ことができるかも知れません. まさにその通りです. これは トンネル効果 と呼ばれています.
 自由粒子の波動関数

は,エネルギーが Ex 軸の 正の方向に進行する 波ですから, エネルギー E を持つ 粒子が右方向に進行する 運動を表しています. また,

は同じエネルギーを 持つ粒子が 左方向に進行する 運動を表しています.
 いま,下の図 (D) のような ポテンシャル障壁 があり,左方からエネルギー E の粒子が入射し, 障壁に衝突すると しましょう.
 古典論では, 衝突した粒子は 障壁で 完全に 反射されるはずです. 量子力学では 1部は反射されるけれども, 1部は障壁の中に しみ込み,障壁を 通り抜けて (透過して) 右側の領域に出て, そのまま右方向に 進行するものと 考えられます. これが トンネル効果 です.


  「透過率」
 ポテンシャル障壁の 左方から入射した 波 (粒子) のうち, どのくらいの確率で 障壁を透過するかを 見積もるため, 図 (E) のような 簡単な 箱型ポテンシャル (幅が a高さが V0 ) の障壁 を仮定しましょう.
 ポテンシャル障壁の 左側の領域での 波動関数 Ψ(x , t ) は (9) 式の入射波(10) 式の反射波とを 加えた (重ね合わせた) もの

です. 一方,右側の領域の 波動関数 Φ(x , t ) は 透過波 のみであり,

となるはずです. シュレーディンガー 方程式を解いて 定数 A , B , C を 決めることが できます. 計算はそんなに 難しくありませんが, 少し数式が出てきますので, 別のページ
1-6-A: 「簡単な場合のトンネル効果の計算」
で説明し,ここでは 結果のみを示します.
 |A |2入射波の強さ, |B |2反射波の強さ, |C |2透過波の強さです. 計算の結果,

を満たします. つまり, 反射した粒子の確率と 透過した粒子の確率の 合計が,入射した粒子の 確率に等しくなって, 確率の保存成り立ち, 理屈が合っています.
 入射粒子のうち ポテンシャル障壁を 透過する割合 (透過率) は

となります. ただし,

です.また関数 sinh は

で定義され, 双曲線正弦関数 と呼ばれています.
 このページで述べた トンネル効果 を実験的に検証する 1例が, 次のページで紹介する 原子核の α崩壊 です.

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