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3-3: 元素の周期律

   前ページで, 量子力学によって, 水素原子の構造が 完璧に説明できることを 学びました.
 それでは,水素原子 以外の他の元素については どうでしょう. これを見るための 最も適当な例は, 元素の周期律 でしょう. このページでは, 量子力学から 導かれる原子の 殻構造によって, 元素の周期律が 見事に説明できることを 示しましょう.

  「元素の周期律」
 元素を原子量の順番に 並べるとその性質が 周期的に変わることから, メンデレーエフ (ロシア: 1834 - 1907) 周期律表 (あるいは 周期表) を作りました (1869). 皆さんは, 周期律表については, 化学の教科書などで おなじみだと 思いますので, ここでは詳細は 省略し,周期的性質の 1,2の例を あげるにとどめます.
 元素の性質が 周期的に変わるという 例を 下の 図 (A)図 (B)示します. 他の実験データにも 同様な特徴を 見ることができます.


 図 (A) は, 原子から 電子をはぎ取って 原子1個をイオン化するのに 必要なエネルギー の実験値です. He,Ne,Ar, Kr,Xe,Rn が特別に イオン化し難い 元素です. これらは 希ガス (あるいは不活性ガス) と呼ばれる元素です. 一方, それらのすぐ隣の 原子番号が1つ大きい 原子 Li,Na,K,Rb,Cs,Fr は極めて化合しやすい (化学的活性度の強い) アルカリ金属 です.
 図 (B)結晶内の原子間の 距離から推定した 原子の半径 のデータです. アルカリ金属 の半径が際立って 大きくなっています.
 これらの結果から見ると, 原子番号 Z = 2, 10,18,36,54,86 という数は 特別な意味を 持っているようです. これらの数は, 下に示すように, 量子力学によって 見事に説明できるのです.

  「原子の殻構造」
 まず,前ページの 水素原子の固有状態について 振り返ってみましょう.
 水素原子固有状態は,量子数 n , l , m で特徴付けられました. そして,エネルギー固有値は n だけで 決まりました. (前ページ (5) 式 参照)
 例えば,基底状態n = 1 で l = m = 0 です.ところが 第1励起状態は n = 2 ですが, l = m = 0 と, l = 1 で m = -1, 0, 1 があり, 全部で4個の状態が 同じエネルギーを 持ち,重なっています. このように 同一のエネルギーをもつ 異なった状態が 重なっていることを, 一般に 「縮退している」 といい,重なりの数を 縮退度 と呼びます. 水素原子の 第1励起状態は 「4重に」 縮退しているわけです. 水素原子の場合は, 量子数 n の状態の 縮退度は,n2 となります.
 水素原子の場合, 同一の n状態がすべて縮退するのは, 電子に働く力が 原子核 (陽子) からの純粋な クーロン・ポテンシャル だからです. ところが,水素原子以外の 一般の原子 の場合, 1個の電子に働く 力のポテンシャルは, 原子核からのクーロン引力 だけでなく, 他のたくさんの電子からの クーロン斥力もあり, 水素原子の場合とは 異なってきます. 一般の原子においても, 電子の固有状態はやはり 量子数 n , l , m で指定できますが, 水素原子の場合に 縮退していた状態が, 縮退が 「解けて」, エネルギー準位が 「ばらけ」 てきます.
 一般の原子 の場合の 電子のエネルギー固有値は, nl によって決まります. (m にはよりません.) それらを エネルギーの低い方から 順に並べたのが 下表 です. またそれらの準位の概略が 下図 に示されています.




  電子のエネルギー準位 の概略図
右の準位が 水素原子の場合.
左の準位が 一般の原子の場合.
エネルギー準位は nl とで指定され, l = 0, 1, 2, 3, . . . が それぞれ 記号 s, p, d, f, . . . で表されます.
水素原子では,同一の n で異なる l の状態の エネルギーが 重なって (縮退して) いますが, 一般の原子の場合 縮退が解けます.
この図は 準位の相対的な 位置や順番を 大雑把に示すもので, エネルギーの絶対値 そのものは 無視してください.
○で囲んだ数字は, その下の準位が 閉殻になったときの 全電子数であり, 希ガスの原子番号が 見事に再現されています.

   上の に示した 準位に,エネルギーの 低い方から順番に 原子番号 Z同じ個数の電子が詰まって, 原子ができ上がります. これらの準位の 「空間的」 な位置は, 大雑把に言えば, 原子の中心から外側に 順番に並んで, あたかも「たまねぎ」のような, 「層」をなしているように 見ることができます. このような「層」を と呼び, このような構造を 殻構造いいます.

  「パウリ原理,スピン」
 問題は上に述べた に それぞれ 何個の電子が入るのか ということです.
 量子力学では, たくさんの電子は 互いに区別することができません. 電子のみならず, 同種粒子は 入れ替えても 区別不可能です. この性質を考慮すると, ミクロの世界では 粒子は大別して 2つのグループに 分けることができます. 1つは フェルミ粒子他は ボーズ粒子 です. どちらのグループに属するかは, 粒子の種類によって 決まっています. このような性質を 粒子の統計性 といいます. 例えば,電子や陽子は フェルミ粒子, 光子はボーズ粒子です.
 さて,いま問題の電子フェルミ粒子です. フェルミ粒子の場合, 「1つの量子力学的状態 には1個の粒子しか 入ることができません.」 この原理は, パウリ (オーストリア,スイス: 1900 - 58) によって 最初に主張された (1925) ので,パウリ原理 と呼ばれています. (以前はしばしば パウリの排他律 とも呼ばれました.) このような統計性に関しての 詳細を学びたい方は, 別の量子力学の 参考書を参照して下さい. (例えば,高田健次郎著, 「量子力学 II」 朝倉書店).
 原子の最も低い エネルギー準位は 上図 で見られるように, 1s 状態です.この準位は 縮退していませんので, 1個の状態です. ですから, パウリ原理によれば 電子は1個だけ 入ることができる ことになりますが, 実際には2個まで 入ることができます. それは, ウーレンベック (オランダ) と ハウトスミット (オランダ) によって 提唱された (1925) スピン という,空間の自由度とは 別の自由度があるからです. スピンに関して もっと進んで学びたい方は, 別の量子力学の 参考書を参照して下さい.
 したがって,結局 パウリ原理スピン 自由度とを 考慮すると, nlm で指定される 1つの状態に電子は 2個まで入ることが できます. nl で指定される 1つの準位に入ることのできる 最大数が,上の の「電子の最大数」 の欄に示されています.

  「閉殻,希ガス,周期律」
 上の または において, エネルギーの低い準位から 順に電子を詰めていくと, 原子番号 Z次々に 増えた原子が 構成されます.
 たとえば,最も低い 1s 準位に電子を1個入れると 水素原子 H ができ, 2個入れると He 原子になりますが, パウリ原理 によって 2個以上は入れられないので, このときこの準位は 満杯になって 閉殻 となります. 次の準位のエネルギーは ずっと高いので, Z = 2 の He 原子は 大変安定です. これが第1号の 希ガスです.
 He の次の 2s の準位に 電子が1個入ると, 化学的に活性度の高い Li ができます. さらに次々に電子を詰めて 2p の準位が閉殻になると, 電子の数は Z = 10 となって, 第2号の 希ガス Ne となります.
 Ne の次の 3s 準位に 1個の電子が入った原子は Na で,Li と同様に 活性度の高い アルカリ金属 です.
 このように電子の個数が 増えると, 次々に閉殻ができ, その外に電子が 1個増えると アルカリ金属 (ただし H は除いて) となり,もう1個 増えると アルカリ土類金属 となります. 閉殻の1つ手前の (電子が1個少ない) 元素は,やはり 活性度の高い ハロゲン元素 です. このように, 電子の個数が増えると, 元素の性質が 周期的に変わります. これが元素の 周期律です.
 元素の周期律は 量子力学によって 完璧に説明することが できました.

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