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2-4: 液滴模型

   言うまでもなく, 原子核は複数の核子が 集まった 量子力学的多核子系 です. 勿論,われわれの目で 原子核を直接見ることは 出来ません. このような系が, どんな構造であるかを, 量子力学の基本方程式 (シュレーディンガー 方程式) を正確に解いて明らかにすることは 極めて困難で,ほとんど 不可能です.
 そのような場合, 理解しやすい 模型 (モデル) を仮定し, そのモデルが 原子核の多くの 実験データを統一的再現することがわかれば, そのモデルによって 原子核の構造を 理解することが 可能となります.

  「液滴模型」
 チャドウィックによって 中性子が発見されるや, 原子核が陽子と中性子で 構成されているという 考えが, イワネンコとハイゼンベルク によって 提案されました(1932).
 ではこの核子多体系どのような構造持っているかということが, 当然のことながら, 次の興味の的となります.
 ワイツゼッカー (ドイツ:1912−) は この核子多体系を 「水滴」 のようなものではないかと 想像しました. これを液滴模型 といいます.

  「ワイツゼッカー・ ベーテの質量公式」
 ワイツゼッカーの 液滴模型のアイデアに 基づいて, ワイツゼッカーベーテ (ドイツ, アメリカ:1906−2005) は 原子核の結合エネルギーを 表す簡単な公式を 考案しました.
 いま, 陽子の質量を 中性子の質量を としましょう. 陽子数 Z中性子数 N の原子核の質量を M (Z, N ) と表すと,この原子核の 結合エネルギー B (Z, N ) は, 前ページ で学んだように,

となります.
 ワイツゼッカー と ベーテは この結合エネルギーが 近似的に

と表されることを 見出しました. これが有名な ワイツゼッカー・ ベーテの質量公式 です. 半経験的質量公式 と呼ばれることもあります.
 この公式の右辺の各項の 意味を,液滴模型の 考え方から理解することが 出来ます. すなわち, 右辺第1項は 体積に比例する 体積エネルギー で, 結合エネルギーの 主要部分です. 第2項は液滴の 表面積に比例するので, 表面張力による 表面エネルギー と考えられます. 第3項は 陽子どうしの間に働く クーロン斥力による エネルギー損失に当たる クーロン・エネルギー です. 同じ質量数なら 陽子数 Z が大きいほど クーロン・エネルギーが 増加して, エネルギー的に損をするので, 質量数が大きい原子核では 一般に Z に比べて N が大きくなります. しかし, 核子間に働く力 (核力) の性質から, 逆に ZN との差が小さいほど エネルギーの得をする という性質があります. この効果が 第4項の 対称エネルギー です. さらに原子核の中では, 同種核子はペアーを作りやすい, という性質があり, 偶数のZ またはN奇数の場合に比べて エネルギーの得をします. 第5項は この性質を表している 偶奇質量差 です.
 第4項の対称エネルギー と第5項の偶奇質量差 に関しては, 少し専門的になりますので, 詳しい議論は ここでは省略します.
上式のワイツゼッカー・ ベーテの質量公式 における 各項の定数は 実験値に合うようにきめられ, その結果は


となります.

  「実験値との比較」
 ワイツゼッカー・ ベーテの質量公式が どのくらいうまく 実際の原子核の結合エネルギーの 実験値を再現するか 確かめるために, 下図 において 実験値との 比較を行なってみました. 図において, 黒い点実験的に測定された 原子核の1核子当たりの 結合エネルギー です. この図に示した実験値は 前ページの最後に示した図 と同一ですが, 分かりやすくするため, 縦軸のスケールを 大幅に拡大してあります. 赤い線 は ワイツゼッカー・ ベーテの質量公式 を使って計算した 1核子当たりの 結合エネルギー の値を示しています.

  「質量公式と実験値との比較」
黒い点実験的に測定された 原子核の1核子当たりの 結合エネルギー です. 赤い線 は ワイツゼッカー・ ベーテの質量公式 を使って計算した 1核子当たりの 結合エネルギー の値です. 縦軸のスケールは 大幅に拡大してあります ので注意してください.
   上図 から分かるように, 広い範囲の原子核にわたって ワイツゼッカー・ ベーテの質量公式が, 実験値を よく 再現することが分かります. つまり, 「原子核においては 液滴模型の考え方が よく成り立っている」 と結論できます.
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