第3部目次
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3-2: 分子の運動と比熱

   1 g の物質の温度を1℃ (1K) 上げるのに必要な熱量を 比熱 といいます. たとえば,水 1 g の温度を 1℃ (1K) 上げるのに必要な 熱量は1cal (カロリー) ですから, 水の比熱は 1cal /(g K) = 4.186 J /(g K) です.
 比熱というマクロの 世界の物理量を, ミクロの世界の分子や原子の 自由度から導くことが できれば,すばらしい ことです. これを以下で説明しましょう. その準備のため エネルギー等分配の法則 について勉強しましょう.


  「エネルギー等分配の法則」
 第1部 第4ページで 「分子の運動」 について学んだとき, 1-4-A のページ気体分子の速さの推定 をしました. そのとき 上図 (A) のように 立方体の容器の中に 気体を入れ, 気体の分子が x方向に平均の速さ vx運動しているとして 容器の壁面に衝突して 壁面 A に加わる 圧力を計算しました. その結果,

という関係式が得られました. いま1 mol (モル) の 気体を考え, 気体分子1個の質量を m として, 有名な ボイル・シャルルの法則

と上の関係式とを比べると, (1mol の気体の質量) = m N A (N Aアボガドロ定数) ですから,

が得られます. 定数 kボルツマン定数 と呼ばれる普遍定数です.
 上の式の左辺の mvx2/2 は分子1個の運動エネルギーです. つまり,温度 T の気体の 中の1個の分子の 平均の運動エネルギーは kT /2 であることを意味します.
 ただし,上の議論では 分子の運動は x 軸方向のみであると 考えていますが, 実際には分子は 上図の (B) のように y 軸や z 軸方向の 速度の成分も持っていますから, それらも考えなければなりません. どの方向を考えても, 同様な結果が得られます. したがって, 分子の平均の速度 xyz 成分をそれぞれ vxvyvz とすると, 分子1個の 平均のエネルギー ε

となります. この結果は, 分子の運動の xyz の3つの 自由度 が, 平等に, 等しいエネルギー kT /2 を担っている ということを 意味します. これを エネルギー等分配の法則 といいます.
 このエネルギー等分配の法則は 統計力学 の理論を 用いると,さらに一般化 され,「全ての力学的な 自由度に平等に 運動エネルギー kT /2 が分配される」 という定理が 証明されます. その説明には少し数式を 要しますので,別のページ
3-2-A: エネルギー等分配則の一般化
をご覧下さい. 難しいと思われる方は 読み飛ばしてください.

  「気体の比熱 」
 1モルの理想気体 を考えましょう. 理想気体とは,その気体を 構成している分子 の間に働く力が完全に 無視できるような 気体のことです. 1モルの中には アボガドロ定数 N A だけの個数の分子 が含まれています.
 希ガスのような 1原子分子 の気体 の場合には, 1つの分子の自由度は xyz の 3 です. したがって,1モルの 1原子分子気体の 全自由度 3N A です.
 水素や酸素などのような 通常の 2原子分子 の気体 の場合には, 下図示すように, 1つの分子の自由度は 5 と考えられます. したがって,1モルの 2原子分子気体の 全自由度 5N A です.
  2原子分子の自由度
重心の xyz の3つの 自由度の他に, 回転の自由度 θ,φ があるので, 合計の自由度は 5 です.

   エネルギー等分配の法則 によって, これらの 3N A または 5N A 個の全自由度に kT /2 の運動エネルギーが等分配されると, 全エネルギーは

となります. したがって, これらの理想気体の 1モルあたりの比熱 (モル比熱) は

となります.
 この結果を 実験値と比較したものが 下表 です. 理論値が実験値を よく再現しています. いいかえれば, エネルギー等分配則が 結構良く成り立って いるようです. なお, 一酸化炭素の分子は 構造が2原子分子に 似ているので, 比熱がほとんど同じですが, 炭酸ガスや水蒸気や メタンは分子の構造が 少し複雑になるので, 比熱が異なってくるようです.


  「固体の比熱」
 固体では 分子間が割合強く 結合しているため, 気体や液体のように 分子が自由に 運動することができません. したがって気体のときと 同じように 分子の運動の 自由度勘定することが できません.
  固体はバネの集まり
図は2次元的に 描かれていますが, 本当は3次元的に 奥行きがあるものと 思ってください.

   固体では, 分子どうしが 上図 のように バネでつながっていて, 平衡な位置のまわりで 微小振動をしていると 考えましょう. つまり分子の数だけの バネの集合と同じ 運動を考えるわけです. 1つの分子には xyz 方向の 3 つの運動があるので, 1モルの中には 3N A 個のバネがあることになります. (3-2-A) のページ で述べたように, 1つのバネには kT のエネルギーが 等分配されます. したがって,1モルの 固体の全エネルギーは

となるから, 固体のモル比熱

となります. この結果は, 1819年に実験的に発見された デュロン・プティの法則 に他なりません. 下表実際のモル比熱の 測定値をあげておきます.



  「比熱の問題点」
 上に述べたように, エネルギー等分配則 によって,比熱は 分子の運動から うまく説明ができるように 見えます. 確かに測定温度が高いときには 問題が無いようです. しかし温度が低くなると, ボロが出てきます. たとえば,下図亜鉛 のモル比熱の 実験値が示されていますが, 温度が低くなると 比熱がどんどん小さくなって, 0 K に近くなると 限りなく 0 に近づきます. どのような固体でも, みんな同様な性質を 示します. これは 古典論 ではうまく説明のつかない 問題点でした.



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