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3-3: 真空の比熱

   前ページで物体の比熱 について学びました. ここでは 真空の比熱 について検討しましょう.
 まったく物質の存在しない 真空 の比熱とは 変な考え方のように思われる かもしれません. 物が存在しない真空に 温度やエネルギーが あるのでしょうか. あります. それは 放射 という エネルギーです.



 赤く熱せられた電気ストーブ からは,熱 (主として赤外線) が 放射され,これに当たった 人体などが温かくなります. これを 熱放射 と呼びます. 熱放射は,空気を伝わって 熱が伝導するのではなく, 間に何も無くても, 間が真空であっても 熱が伝わります. つまり真空中でも 放射,すなわち 電磁波 というかたちの エネルギーが存在するのです.
 したがって,真空と言えども エネルギーを含むことが できるので,真空の温度 さえ決めることができれば, 真空の比熱測ることが可能です. それでは真空の温度は どのように考えれば よいのでしょう.

  「空洞放射」
 温度 T 熱溜 (熱浴ともいいます) の中に物体を入れると, 物体の温度が T より 低ければ,物体は熱溜から 熱を吸収し,高ければ 放出して, しばらく時間がたつと, 物体は熱溜と同じ温度 T になって 平衡状態 (熱的釣り合い状態) になります. 平衡状態を細かく見ると, 物体は常に熱を 放出・吸収していますが, 平均的には 放出する熱量と 吸収する熱量とが 等しく,バランスが 取れている状態です.
 熱溜の中に物体を入れる かわりに,真空入れることを考えましょう. 例えば,大きな鉄のかたまり の中に,真空の 空洞作れば,鉄のかたまりが 熱溜となりその中の 空洞 (真空) 内には, 放射 (光) という エネルギーが満ちるわけです. (下図参照)平衡状態では 空洞 (真空) 内の 温度は 空洞の壁の温度に 等しいと考えられます. このような空洞内の放射を 空洞放射 と呼びます.



 空洞内にどのような 振動数の光があり, その強さがどの程度であるかを 知るには, 空洞の壁に 空洞内をあまり乱さない程度の 小さな孔を 明けて観測すれば よいでしょう. 現実的には,製鉄所の 溶鉱炉の内部などは 空洞放射の状態に 近いと考えられますので, 溶鉱炉の壁の小窓から 内部を観測すれば 空洞放射が 観測できるわけです.

  「真空の比熱の困難」
 前ページの 固体の比熱 の項で 学んだように, 固体はバネ (調和振動子) の集まりであり, それぞれのバネに kT のエネルギーが 等分配されるものとして その比熱を求めました. その結果は温度が あまり低くない限り, 実験値によく合うということが わかりました.
 マクスウェルの電磁気学 によると,真空における 電磁波 (光)電磁場 の振動であり, それは連続な 弾性体 の振動 と同等であることが わかっています. 1次元の弾性体なら ギターや琴のような 弦の振動 であり, 2次元なら太鼓のような 膜の振動 を連想できます. 光の場合は電磁場の振動 ですから3次元です. したがって, 空気が連続体であると 仮定して,空気の振動 すなわち 音波 を連想すればよいでしょう.
 これらの振動は 形の上ではバネ (調和振動子) の 集まりと同等です. したがって固体の比熱を 求めるのと全く同じ筈です. 異なるのは,そのバネの 個数,すなわち 自由度 の数です.1モルの 固体の場合のバネの個数は, 分子の数 (アボガドロ定数) の3倍 と考えることが できましたが,真空の中の 電磁場は連続な弾性体です. いま簡単のため 長さ L弦の振動を考えましょう. (下図参照)
  長さ L の弦の固有振動
波長λが 2L2L/2, 2L/3, 2L/4, ・・・の 固有振動が 可能です. c を弦を 伝わる音速とすれば, 振動数νは, λν= c ですから, 左図の通りです.

   上図 のように, 長さ L の弦に 許される固有振動 の振動数νは, c/(2L) を単位にして その整数倍 (n 倍) です. したがって, 振動数がνとν+dν の間であるような 固有振動の数は

となります.
 真空 (空洞) 中の電磁場の 振動は3次元的ですから, 上の議論を3次元に しなければなりません. 少し面倒になりますので, ここでは詳しい議論は 省略しますが, 結果は

となります. ただし,V は空洞の体積, c は光速です.
 以上のように, 真空内の電磁場の 振動は,完全な連続体の 固有振動ですから, いくらでも大きな 振動数が許されます. つまり,これらの 振動数を持つ バネ (調和振動子) が無限に多数ある ことになり, 真空内の電磁場の 自由度無限大 となってしまいます. これらのバネの各々に kT のエネルギーが 等分配されると, 空洞放射のエネルギーは 無限大になり, 真空の比熱は 無限大となって, 空洞は いくらでも大量の エネルギーを吸収する 底なし沼となります. 実際にはそのような ことはありませんから, 以上の考え方には どこかに間違いが あるにちがいありません.

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