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3-1: 核エネルギーの源泉

  「化学反応における発熱反応」
 水素が酸素と化合する 化学反応 (すなわち水素の燃焼) においては熱が出ます. つまり水素と酸素が 化合して水になる 反応は 発熱反応 です. その化学方程式は (1モル当たり)

と書かれます. つまり1モルの水素が燃えると 286 kJ の熱エネルギーが 出るということです.
 別の例では, 炭素が燃えて2酸化炭素 (炭酸ガス) となるときには (1モル当たり)

と書かれます. つまり1モルの炭素が 酸素の中で燃えると, 394 kJ の熱が 出るということです.

 上の (1),(2) の 化学反応の方程式は 1モル当たりですから, 後で原子核反応と 比べるために, 1分子当たりに 書き換えておきましょう. それには, 発熱を アボガドロ定数

で割り算すれば, (1),(2) の方程式は, それぞれ



と書くことができます. つまり,2個の水素分子が 1個の酸素分子と化合し 2個の水の分子になると, 水の分子1個当たり 3.0 eV のエネルギーが 出ることを意味します.
 また,1個の炭素原子が 1個の酸素分子と化合して 1個の2酸化炭素の分子ができるとき 4.1 eV のエネルギーが 放出されるわけです.

 既に学んだように eV は原子や原子核の世界で よく使われるエネルギーの 単位で,電気素量 e の電荷を持つ電子が 1 V の電位差の 間で加速されて得る 運動エネルギーの大きさです. その値は

です. この他に, 原子核の世界では エネルギーの単位として eV の 1000倍の keV や, 100万倍の MeVよく使われます.

 以上のことから, 化学反応の発熱反応において 出てくるエネルギーは, 1つの過程毎に, 3〜4 eV 程度である ことが 分かります.

  「原子核反応における発熱反応」
 後で詳しく説明しますが, 原子核は2個以上の 新しい原子核に 分裂 したり, 2つの原子核が 1個の原子核に 融合 したり, さまざまな反応をします. これらを総称して 原子核反応或いは略して 核反応 といいます.
 さまざまな核反応の 中には,幾種類もの 発熱反応 があります. 例えば, 重水素の原子核 (= 陽子 p と中性子 n が結合したもの) 重陽子 とも呼ばれ, d という記号で表されますが, 2個の重陽子が 融合 する反応は

と書かれます. このような反応は 原子核融合或いは略して 核融合 と呼ばれます.
 また ウラニウム235( )は中性子を当てると 質量数が約半分の 2つの原子核に 分裂 し, 同時にいくつかの中性子と エネルギー Q とを放出 します.この反応を式で書くと, たとえば

です. これが 原子核分裂 あるいは略して 核分裂 です.
 ここで興味があるのは, この時の発熱量 Q です. Q の大きさは 約 200 MeV と考えられます. 何故そう考えられるか 下で説明しましょう. なお,核分裂や核融合については 後のページで詳しく 説明します.

  「核エネルギーの源泉」
 上の (5) 式で表される 2個の重陽子の融合の 場合を考えましょう. 重陽子の結合エネルギーの 実験値は 約 2.2246 MeV ですから 融合する前の2個の重陽子の 結合エネルギーの 合計は 約 4.449 MeV です. 一方, の結合エネルギーの実験値は 約 7.719 MeV です. 従って,融合した後 ((5) 式の右辺)の 結合エネルギーの方が, 融合する前 ((5) 式の左辺)の 結合エネルギーの合計より 7.719 - 4.449 = 3.27(MeV) だけ増加するわけです. 言い換えると, 融合後には, 生成された物質 ( 3He と n ) の質量の合計が この結合エネルギーの 増加分だけ減り, アインシュタインの質量とエネルギーの等価性 にしたがって, その質量の減少分が エネルギーとなって 放出されるわけです.
 では,(6) 式の ウラニウム 235 の分裂の場合において, 分裂する前 ((6) 式の左辺)と 後((6) 式の右辺)との 結合エネルギーの変化を 見てみましょう. 2−4ページの図 「質量公式と実験値との比較」 でわかるように, A = 240 のあたりの 原子核の1核子あたりの 結合エネルギーは 約 7.5 MeV です. 一方, その半分の質量の A = 120 のあたりの 原子核の1核子あたりの 結合エネルギーは 約 8.5 MeV です.従って,ウラニウム原子核が ほぼ まっ2つに分裂すると, 1核子あたりの結合エネルギーは 約 1 MeV 増加し, その増加分だけ分裂生成物の 全体の質量が減り, 減少した質量はエネルギー Q となって放出されるわけです. 1核子あたり約 1 MeV の エネルギーが出るわけですから, 合計するとQ約 200 MeV 以上となります.
 以上の検討から, 「核エネルギーの源泉 は 原子核の結合エネルギー である」 ということが 明らかです. また,その原理は アインシュタインの質量とエネルギーの等価性 に基づいているのです.
 つまり,反応の前における 結合エネルギーの 合計よりも, 反応後の 結合エネルギーの合計が 大きい場合, その増加分だけ 反応生成物の質量の 合計が減少し, その減少分が エネルギーとなって 放出され, 発熱反応となる わけです.

  「化学反応における発熱の源泉, エネルギー保存則」
 水素や炭素が酸素中で 燃えると,発熱し エネルギーが放出されると 言いました. このエネルギーの源泉は 何でしょう. その原理は,核エネルギーの 場合と全く同じ です.
 水素分子は水素原子2個が 結合したものです. 水素分子の質量は, 2個の水素原子の質量の 合計より極くわずか 小さく,その差を, アインシュタインの質量とエネルギーの等価性 に基づいてエネルギーに 換算したものが 水素分子の結合エネルギー です.
 例えば,(3) 式の水素2分子 が酸素1分子と化合して 水2分子となる場合, 反応する前より 後の方が 質量の合計が 極くわずか減少します. この減少分が 発熱エネルギーとなるのです.
 従って,化学反応においても, 厳密に言えば, 反応の前後で 質量は保存しません. 化学反応,核反応 を問わず, 「反応の前後で, 質量とエネルギーとを ひっくるめて (質量をエネルギーに換算して), 全系のエネルギーは保存する」というのが正確な 表現です.

  「巨大な核エネルギー」
 通常の物が燃える 燃焼 に比べて, 核融合や核分裂のような 核反応から出る 核エネルギーいかに巨大であるかは, (3),(4) 式と (5),(6) 式とを 比較すると すぐに分かります.
 上で説明したように, (3),(4) 式のような 通常の化学反応における 燃焼では, 1分子あたりの発熱は 3 〜 4 eV くらいです. ところが, (5) 式のように 2個の重陽子が 核融合 すると 3.27 MeV のエネルギーが出ます. これは化学反応 (燃焼) の 約 100 万倍 です. また, (6) 式のように,1個の 重いウラニウム 235 が 核分裂 すると 約 200 MeV 以上の エネルギーが出ます. これは化学反応 (燃焼) の 約 1億倍 にもなります.
 このように, 核反応 (核融合や核分裂) から出る 核エネルギー は, 化学反応(燃焼) からでる熱エネルギーの 数100万倍 数億倍 にもなる 巨大なエネルギーなのです.
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